意外に知らない占いの歴史
私たちの中で占いはとても身近な存在になってきているのに、それほど占いについて語れないのが事実ですよね
そもそも「占い」って一体いつ誰が作ったものなんでしょうね、私なりに本やインターネットなどを利用していろいろと
調べてみましたが、はっきりとした歴史にはたどり着けませんでした、そして、いくつかの説が上がってきました、その中の
一説によると、古代、人間が集団で生活するようになると同時に集団のまとめ役として神がまつられ、その神の言葉が
「掟」として定められたのが、占いの始まりだったと言われているものがありました。その時代は、国の重要な問題を決める
ときに「神の言葉」を聞いてそれに従っていたと言われています、その「神の言葉」こそが占いだったようです、それから
平安時代に入ってから、人相、地相、家相、夢占い、墨色、筮竹(筮竹)と算木(ざんぎ)を使用した占いが盛んになっていき
鎌倉時代に入ってからは九星、墓相、剣相、字占、判占、水晶占い、粥占い、年占いなどが主流となっていったようです
そして室町時代に入ってからはじめての足利学校(占いの学校)がたてられ、江戸中期頃には、新井白蛾というとても有名な
占い師や「易者」が誕生していったようです、そして占星術(現在多く活用されている「星占い」はこれを基に研究された
もののようです ) についても調べてみましたが思った以上に幅広く、語れば限りがないくらいでしたので皆さんも興味が
あれば調べてみて下さい。
占いとの上手なつきあい方
このHPで語っている「占い」についてのお話はあくまでも、わたし個人の「占い」に対する考え方です
ほかの人や占い師の解釈などとは違う事もたくさんあるかと思いますが、この人が言っている事が真実!というような
(答え)はきっと「占い」の世界には存在していないような気がします。そして、それが占いの魅力と言えるのだと私は
思います、たくさんの生き方や考え方が人それぞれにあるのと同様に、様々な考え方の占い師がいて、そしていろんな
答えがあるのだと思います、そして、万が一“答え”というものがあるのだとしたら、それはその人が、自分で信じて自分で
選んだ(結果)なのかもしれません、ですから、占いで出た結果に一喜一憂する必要はないのだとわたしは思います
私を含めて、私の回りには占いによって良い結果が出たら信じてHAPPY、悪い結果なら落ち込むよりも頭の片隅に置いて
注意しよう!と考える人が多くいます、それだけで占いの効果はあるんじゃないかなと私は思います、なぜなら、未来は
誰にも分からないものだから、そう言い切ってしまえば、占い師の存在を無視しているようにも聞こえてしまいそうですが
それとはまた違うんですよね、語ると難しいんですが、占いはその人の性格や資質本質、いわばその人の“核”となる
部分というのが必ずあってその部分は、いわゆる「持って生まれた資質」に相当する部分であって、そこからさらに分析をし
未来にその人が選択するであろう(方向)や、その人が選びそうな“事柄”を想定しているというのが正しいのかも
しれないですね、いくつかの選択肢があったとしてもこの人の性格ならこの道を選んでいくだろうと占い師が予測して
いくのですしかし、人は1人で生活しているわけではありませんよね、家族や友人、同僚や飲み仲間などといろんな人と
いろんな場所で生活しているんです。そういった中で、時には相手の運に巻き込まれてしまったり、逆に相手を巻き込んで
しまったりと知らないうちに自分が思っている方向とは違う道に進んでしまっていたということも結果的に振り返って
みると多いものですそうなると、やはり「占い」が100%確実に当たるのではないということも当たり前なのかもしれない
ですね「占い」は悩んでしまったり、何かに躓いてしまった時のアドバイス程度に受け入れることが一番ではないかと
私は思いますそれに自分のことを全く知らない第三者に相談するこで普段なら言えないような事が言えてスッキリしたり
もやもやしていた気持ちに整理がついたり、今までとは違った考え方がもてたりするのではないでしょうか、そういう
つきあい方で「占い」をするのはとても良いことだとわたしは思いますよ。

